富山の薬の歴史


万代常閑(まんだいじょうかん)
富山売薬の創始となった薬 反魂丹の精製・日本売薬の始祖として知られる医師である

富山で売薬業が始ったのは、およそ300年前、 当時富山藩2代藩主だった前田正甫公が、反魂丹(はんごんたん)という良薬を入手、配置売薬業が誕生したきっかけといわれる、 ではその反魂丹を前田正甫公は入手したのだろうか?。

時はさかのぼって室町時代、泉州堺浦(現在の大阪府堺市)に、万代家初代の万代掃部助(もずかもんのすけ)が万代村に住んでいた。 ある日堺浦の海岸に異国の商船が流れ着く・・・掃部助は乗員達を手厚く介抱したという。 後日、そのお礼だと唐人から教えてもらったのが一子相伝の妙薬 延寿返魂丹(えんじゅはんごんたん)の製法だったのだ。

そうして代々家伝薬となった、延寿返魂丹を受け継ぎ、3代目万代主計(もずかずえ)は、備前国和気郡益原村(現在の岡山県和気郡和気町益原)へ、移り住んで医者になった。 その時万代を"もず"から"まんだい"へと読み改め名前を常閑としている、以後万代家は医者として数々の業績を残した。



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