
暗中模索の中,何度か中止を思ったこともあったが,出来上がってから加藤卓男氏と焼成方法について話して見ると技法にかなりの差異があった。
いわゆるイスラム陶器は8世紀頃より始まり,高い投術と宗教や民族文化を背景にしたデザイン,例えばイスラム文字の文様,細密画の技法,独特の動物画など今日でも特有の芸術性が見出され,中国陶器と共に世界の焼物の二つの流れになっていた。
その中でラスター彩の陶器は9世紀の初めメソポタミアに始まり,主にペルシャ,エジプトで作られていたが,モンゴルの侵入と共に衰退し14世紀にはほぼ消滅した。
その当時でもラスター彩はイスラム陶器の花として高く評価され上流階級で用いられていた。現在もイスラム教のモスクの中でラスター彩のタイルを見れば,異国情緒あふれるデザインと華麗に輝く紅彩は何人も引き付けて止まないであろう。
この技法の特徴は焼成した白い錫の鉛釉の上に,銀あるいは銅の液で絵を描き,焼成した時にこの金属粒子の大きさが光の波長よりも小さく,粒子の間隔が波長よりも広いと反射光の干渉によって虹のように輝いて見えるのである。私は銀又は鋼の化合物をラペンダー油に懸濁して用いたので,焼成中に200℃を越す頃になると殺風景な窯の小屋にもラベンダーの芳香がたちこめてやすらぎを与えてくれた。

研究の最後の段階で走査型電子顕微鏡写真を撮影して,ほぼ理論通りの金属粒子の分散が確かめられた。
唐の時代よりペルシャの文化は中国に著しく移入されたが,ラスター彩の技術は伝わらなかった。ただ宋の時代,ことに南宋の建窯において曜変天目,油滴天目 禾日天目が作られたが,これらはいずれもラスター現象を呈している。アジアの東西で同じ時代に同じ原理の焼物が作られたことに歴史の不思議さを感ずる。
昨年東京の静嘉堂文庫美術館でこの曜変天目茶碗をみたが,まさに銀河宇宙の饗宴を窺わせるものであった。
ラスター彩を中心にした第二回の個展(平成5年)のあと油滴天目を手掛けているが,この曜変天目はまさに胸に秘めたまま一生を送る憧憬の相手に終わるのであろうか。