墨蹟 快活々々咄々々

拡大して見てみる

墨蹟 快活々々咄々々

江月宗玩筆 一幅

正保三年(1646)奉納 縦127.5×横28.7cm


快活々々咄々々 欠伸子書之。(□脚鐺)(宗玩) 快活、快活、咄々々 欠伸子、之れを書す。(□脚鐺)(宗玩)

江月宗玩(大梁興宗禅師 1574−1643)が書した紙本墨書の一行書。欠伸子とは宗玩の自号である。宗玩は和泉(大阪府)境の豪商であった津田宗及(天王寺屋助五郎 不明〜1591)の子といわれ、春屋宗園(一黙子・朗源天真壇師 1529〜1623)の法を嗣いで大徳寺大一五六世となっている。 また黒田長政(1568〜1623)の招きで筑前(福岡県)博多の横嶽山崇福寺を再興している。大徳寺山内の弧蓬庵などを創立し、茶道に通じていたが、沢庵宗彭などとともに紫衣事件に連座することもあった。墨蹟の鑑定家としても知られ著に「欠伸稿」「紫厳譜略」「大徳寺世譜」に伝がある。

この書は機鋒のするどい激しい筆致であり、宗玩の人柄を偲ばせる。快活とは快楽の意で、ここでは禅の悟りの心地良さをいう。咄咄咄とは驚いて発する声で、ここでは悟った際に思わず発する叫びのことか。

前の画面にもどる